ウッドマイルズセミナー in シドニー
ウッドマイルズ研究会は7月14日、シドニー(オーストラリア)郊外にあるUNSW(The University of New South Wales)にて海外で2回目となるウッドマイルズセミナーを開催しました。
去年、バンクーバーで行ったミニセミナーの教訓を活かし、今年は岐阜県立森林文化アカデミー(以降アカデミーという)や現地大学のUNSWの協力を得て行うことができた。参加者はアカデミーやUNSWの学生も含めると40名余りで、中には地元の林産業界関係者の参加も多数ありました。
また、今回は特別 ゲストとしてイアンフライ氏(ツバル政府首相顧問)をお招きし、講演を行っていただきました。
オーストラリアの森林は大部分が原生林であり、木造建築も少なく木材の自給率も高い、という日本とは全く異なる立場ではあるが、ウッドマイルズのコンセプトは十分に受け入れられ、双方にとってたいへん有意義なセミナーとなりました。
また、セミナー終了後にはイアン氏の独占インタビューにも成功し、有意義な意見交換が行われました。
1.Environmental Performance Research and Data in the Australian Timber Industry
Stephen Mitchell , Sustainability Program Manager , Timber Development Association
オーストラリアの木材生産と消費の現状を踏まえ、木材の製造エネルギーと炭素放出、蓄積、建築物の環境性能評価ツールとして現にあるものに木材の伐採時から製造、使用、廃棄に加え輸送の部分をも含んだ評価としていく必要があります。
2.Introduction
Fumiko Misawa, Professor, Gifu Academy of Forest Science and Culture.
日本の輸入材に依存した木材供給の現状と森林蓄積量の増加の話から、それによって引き起こされた森林破壊の話や日本の木造住宅の変貌など、森林と木造建築をとりまく日本の現状が説明されました。
3.Evaluation of timber as building materials on energy issue and the Woodmiles: the background and the development of the Woodmiles Forum in Japan
Takashi Fujiwara,Ph.Dr., Managing Director of Japan Federation of Wood Industry Associations,
今までの大量生産大量消費の社会による環境問題にたいして、エコマテリアルである木材の重要性と、一方で挙げられる問題点について、ウッドマイルズ関連指標の果たす環境的役割と意味を訴え、京都の例など日本でのウッドマイルズを取り巻く動きと今後のウッドマイルズの可能性について説明されました。
4.Woodmiles in Practice: Woodmiles Iindexes and their performance in construction
Yasuhiro Takiguchi. The Secretary General of the Woodmiles Forum
簡単な例を使った各ウッドマイルズ関連指標の説明から始まり、日本の7つの住宅で計算したケーススタディを基にそれぞれのウッドマイルズ関連指標が示す意味と、ウッドマイルズが目指すところやそれによる効果が説明されました。
5.Woodmiles and Construction in Australia: from the Joint project of UNSW and GAFSC
Fumiko Misawa, Professor, Gifu Academy of Forest Science and Culture, and Yusuke Sakazaki, The Woodmiles Forum
森林文化アカデミーと UNSW とのジョイントプロジェクトの概要とその際に行った視察内容の紹介、そしてアカデミー側の提案した2案の建築物のウッドマイルズ評価の結果が発表されました。
6.General Comment by Guest Speaker, The climate change issue and the woodmiles
Ian William Fry, International Environment Advisor, Environment Division, Office of the Minister, Government of Tuvalu
京都議定書における林業や木材製品にまつわる炭素勘定システムの説明と、木材製品の製造、輸送過程における排出にたいして考慮されていないこと、そしてそこを捉える事がウッドマイルズの基本概念と同じであると説明する一方、ウッドマイルズが国際制度上で京都議定書に組み込まれる為に解決されなければならない問題点が挙げられました。また、ウッドマイルズは法的拘束力のある条約の中に奉るのではなく、森林認証制度の様に消費者が環境と社会に受け入れ易さを判断するような市場に委ねる道を選ぶ方が良いのではと説明されました(イアン氏の講演内容詳細は末尾を参照)。
FIERDTRIP REPORT: (Ulladulla,NSW,July 3-14 2006)
また、7月3日~7月14日の2週間にわたって、オーストラリアのシドニーにて、UNSW(University of New South Wales)、岐阜県立森林文化アカデミー、ウッドマイルズ研究会による協働プロジェクトが開催されました。プロジェクトに先立って7月4日~7月7 日の間、今回の対象地であるシドニー郊外 Ulladulla という小さな町周辺の森林、製材所、加工所を視察したので報告します。
森林視察
視察場所/シドニーから約300km南下した所にある Ulladulla 周辺
説明者/Forests NSW( NSW 森林組合)
Bluce, Andrew O'Brien, Kate Hoorweg
Brad Robinson (スーパーバイザー:フリー)
Ken Boer ( Resources Forester Batemaws Bay )
訪れた森林は、Ulladullaからさらに南方35kmにある North Brooman という場所で、NSW森林組合が管理する国有林である。NSWでは私有林は少なく、国有林の比率が高い。また、人工林も少なく、今回訪れたような天然林が大部分を占める。400万haのうち、5%が政府管理で木材供給を行い、それ以外は国立公園として保護している。管理は200年単位で行い、土壌や生態を考慮しているとのこと。ここでは100年前から管理しているとの話であった。
この森林には、ユーカリの一種であるSpotted Gumが半数を占め、他にIronbarkが10%、その他10%以下のものが多数ある。成長は場所にも異なるが0.5cm/年が平均で、Spotted Gumは0.1cm/年程度らしい。
森林伐採の方法は、択伐天然更新。20年~25年のサイクルで20~3 %を伐採し、伐採地には人工的な手を加えず再生を待つ。伐採は主に35年~40年生が多い。100年以上、200年ほどの巨木もあるが、それは教育に使うなど、保存することもステイツフォレストの仕事である。また、調査は10年に1度、NSWで110箇所行うそうだ。
伐採は NSW 森林組合に所属するログクルー、もしくは製材所に所属するログクルーが行う。およそ4人が1チームとなってログクルーを形成する。ログクルーと NSW 森林組合の間に入り、調整を行うのがスーパーバイザーであり、今回の現場ではBradさんがそれにあたる。Bradさんは製材所から委託されこの仕事を請け負っている。
今回、我々のために伐採を行って頂いた。事前に安全管理や注意事項の説明があり、同意した上で伐採に立ち会った。伐採はプロセッサのような高性能林業機械を用いて、直接立木を切り、集材はスキッダで土場まで牽引していた。その後皮をはいで玉切り。玉切りはチェーンソーで行っていた。ユーカリの皮は厚いがむけやすいために、土場で行っていたのが印象的。材は2.4m~12mの間で適切(節や曲がり、注文等)に玉切りし、最大で20mまで可能とのこと。現在の伐採は機械6割、チェーンソー4割だが、将来的には9割を機械で行いたいとおっしゃっていた。
森林組合では、グレードに分けて伐採する。 A + および A はほとんどが建築用材として伐採搬出される。 B はグレードが下がり、建築用材には不向きである。 C は主にチップとなる。年間伐採量はA:40,000m3、B:40,000m3、C:100,000m3。
曲がった木、虫がいる木、空洞のある木はCグレードとしてチップとなり、紙の原料としてそのほとんどが日本に輸出される。
製材工場視察
説明者: Forests NSW (NSW 森林組合)
Bluce, Kate Hoorweg
Rob Davis (スーパーバイザー)
次の日、今度はUlladullaのすぐ近くにある製材所に伺った。訪れた製材所は、家庭的経営で小規模であるらしい。この地域には大きな製材所が別に3つ(Nawra, Narooma, Batemans Bay)があるとのこと。主にHardwoodを製材し、約130m3 / 日の生産量がある。家具会社や建設会社を得意先としている。
材はまず種類、大きさに分け歩留まりがよいように製材を行う。基本的に規格品の生産であり、特別な注文をする人は少ないらしいが、交渉によって可能とのことだ。価格も変わらない。
分けられた丸太は、製材機でどんどん製材されていた。丸鋸の製材で、古いタイプとのことだがスピードは早い。板状に挽いた後は、別のラインで端部を落とし、小割にしたり、チップにしたりしていた。工場は小さいながらもラインがしっかりと整っていた。
Spotted GumやIronbark等の含水率を調べたところ、Spotted Gum:含水率 45.5 ~ 70%(50mm)→ 33.5%(4日間野ざらし)Ironbark:含水率29.5~37.5% ( 25mm )→ 17 ~ 18% ( 4 日間野ざらし) Blue Gum は40~45%であった。
産地証明は現在の所NSWでは行われていないとのことであるが、今後行っていきたいとのことであった。定期的に管理するシステムを同時に整備する必要があるとのお話であった。
また、オーストラリアの流通については、オーストラリアは市場がなく、森林組合→製材・加工所→施主・建設会社という、とてもシンプルなシステムであった。
加工工場視察
引き続き加工工場を視察した。加工工場も家族で経営している工場で、規模は小さい。この工場では、様々な種類の製品をちょっとずつ取りそろえており、椅子や建具、おもちゃなども取り扱っている。 乾燥機は太陽光乾燥機を所有している。ただし、一般的な工場の乾燥庫は電気式の乾燥庫だそうだ。おそらく除湿乾燥かと思われる。
乾燥は、構造材はほとんど乾燥機に入れない。乾燥機に入れるのは主に床材で、1ヶ月天然乾燥後、60度で3週間入れる。最終含水率は乾燥庫で7%、その後10%程度で製品にする。ここで乾燥させている材はUSに輸出するとのお話であった。 工場内は、製品が所狭しと大きさや種類別に並ぶ。強度(F27等)やKDかグリーンか、規格のサイズ、値段がわかるように仕分けされていた。工場の奥では、自動かんな盤があり、最終的な製品にしている。
木造住宅見学
最後にBluceさんの家を見学させてもらうことになった。Bluceさんは先の製材所から直接木材を購入し、 4 年がかりで自分の家を増改築した。
Bluceさんの家では構造材はほとんど現しではなく、床材に様々な種類を用いていた。オーストラリアの家では構造材が現しになることは少ない。また、靴での生活から床材は堅い広葉樹を利用する。Spotted Gumは黄色、Ironbarkは赤色、Blue Gumはピンク色の床材となり、バリエーション豊かで美しい仕上がりになっていた。
京都議定書のもとにおける、木材、「ウッドマイルズ」、そして炭素勘定
(ウッドマイルズセミナー in シドニー 講演より)
イアン・フライ (ツバル国環境省 国際環境アドバイザー)
(訳:愛媛大学農学部助教授 大田伊久雄)
京都議定書の勘定システムにおける建築用材などの木材製品の取り扱いは複雑であり、論争は引き続いている。「ウッドマイルズ」の概念が京都議定書に組み込まれるかどうかはわからない。林業や木材製品にまつわる交渉はこれまで錯綜してきたが、それは今後も続くであろう。
京都議定書と吸収源としての森林
多くの工業国は、京都議定書のもとでの炭素削減目標に合意している。例えば日本の場合、 2012年までの温室効果ガス削減目標を、基準年である1990年のマイナス6%ということで合意している。フランスは1990年レベルのマイナス8%としているが、ロシアは1990年と同レベルに抑えることを目標としている。オーストラリアとアメリカも京都議定書では目標値を設定したが、両国とも議定書の批准を拒んだため、現状ではその目標に到達しようとはしていない。
京都議定書の締約国は、削減目標を達成するに当たって、特定の林業活動による炭素吸収量を勘定することが許されている。例えば、 1990年以降にそれまで森林でなかった土地に木を植えた場合、その木による炭素吸収量を勘定に入れることができるのである。それは、樹木が成長するときに光合成によって大気中の二酸化炭素を吸収し、(炭素を主な構成要素として)木材に変換するという基本的な事実をもとにしている。 一般的には、以下のような計算式を用いる:排出量(エネルギー・輸送等)+ 吸収量(木の成長等) = 純温室効果ガス排出量
この計算は、一本の木によってどれだけの炭素が固定されるのか、そしてそれは大気中の二酸化炭素をどれだけ吸収したことになるのか、を算定することによって求めることができる。木の種類によって、大気中からの二酸化炭素の吸収率は一定ではない。樹木は若い頃には盛んに成長するが、やがて成長率は低下する。さらに、成長の早い木(例えば、温帯地域のマツ)は成長の遅い木(例えば、マホガニー)よりも温室効果ガスの吸収率は大きいはずである。しかし、成長の遅いマホガニーなどの木は密度が高く、より多くの炭素を内部に貯蔵(京都議定書でいうところのカーボンストック)している。それゆえ、成長の早い軽い木が成長の遅い稠密な木と比べて二酸化炭素吸収量が多いか少ないかは、考慮する時間の長さと伐期齢によるといえよう。
樹木は炭素サイクルの一部をなすものであり、一生のある時期には二酸化炭素を吸収するが、最終的には二酸化炭素を大気中に放出する。例えば、木が火災で焼けたり、あるいは昆虫に攻撃されたり死んだりした時、木は大気中に二酸化炭素(場合によってはメタン)を放出する。科学者達はそうした森林の火災や伐開(主として熱帯降雨林)による二酸化炭素の放出量を、地球全体での年間温室効果ガス排出量の 20%に相当すると計算している。
吸収源としての伐採後の木材を評価する試み
それでも、すべての炭素が直ちに大気中に放出されるわけではない。様々な形の木材製品としてストックされるものも少なくない。そこではカーボンストックはまだ保持されているわけであり、この種の貯蔵量も考慮されるべきである。木のその他の部分、葉や枝やのこくず等は、酸化作用によって炭素が壊されるときに炭素を排出することになるだろう。
木材の中での炭素貯蔵を考慮した形での純排出量の計算式を書き直してみると、以下のようになろう: 排出量 + 吸収量 - 酸化作用による排出量(森林火災、葉の分解、土壌中の炭素流出等) = 純温室効果ガス排出量(1)
この等式によれば、炭素を貯蔵する形での木材生産をすればするほど、その国の排出量プロフィールにとって有利であることがわかる。エネルギー部門や輸送部門において炭素排出量を減らすことは、一般には大きな費用がかかる。木を植えることや、建築用材など長期的に利用される木材製品を作ることは、ずっと安上がりになるだろう。
カーボンストックとして残っている量と酸化作用によって放出される量とを計算によって求めることは、複雑なプロセスを必要とする。各国における木材や木材製品の寿命に関する計算方法については、いくつものモデルが科学者達によって開発されてきた。オーストラリアで採用されている CAMと呼ばれるモデルでは、以下のような推定を用いている(2) :
3年間の炭素貯蔵
針葉樹:パレットと箱
合板:型枠
紙と紙製品
10年間の炭素貯蔵
広葉樹:パレットと杭
パーティクルボードと MDF:店舗装飾、日曜大工、その他諸々
硬質繊維板:梱包材
30年間の炭素貯蔵
合板:その他(防音材)
パーティクルボードと MDF:台所と洗面所のキャビネット、家具
防腐処理したマツ材:ウッドデッキ、柵
広葉樹:枕木、その他諸々の製品
50年間の炭素貯蔵
防腐処理したマツ材:電信柱、丸太
針葉樹:家具
広葉樹:電信柱、杭材、梁桁材
90年の炭素貯蔵
針葉樹:建築用枠材、化粧製品(フローリング、室内装飾、繰り型)
サイプレス:未乾燥の建築用枠材、化粧製品(フローリング、室内装飾)
広葉樹:未乾燥の建築用枠材、乾燥した建築用枠材、フローリングと板材、家具用材
パーティクルボードと MDF:フローリングと室内装飾
硬質繊維板:外壁用材、室内装飾、突っ張り用材、床下材
防腐処理したマツ材:構造用製材
木材製品の寿命計算するプロセスはとても複雑である。それは、紙や木材が埋め立て処理された場合に嫌気的作用でメタンを発生させる可能性があるからである。もし、嫌気的分解がおこりメタンが大気中に放出されると、メタンの温室効果作用(熱保持力)が二酸化炭素よりもはるかに大きなものであることから、その国の排出量プロフィールに重大な影響を及ぼすことになる。その一方で、ある種の木材は地中で相当期間分解せずにとどまるという研究結果も出されている。木材が燃やされて化石燃料の代替物として家庭暖房や発電などに供された場合、あるいは他の用途のためにリサイクルされた場合、その計算はますます複雑になってしまう。
このように木材寿命の計算は極めて複雑である。それゆえ、木材製品中に貯蔵される炭素量のモデル計算は不可能ではないにせよ、京都議定書では第一約束期間 (2008~2012年)において伐採された木材を利用した製品の炭素貯蔵量は考慮しないことが取り決められた。
国連の気候変動枠組み条約においては、各国は伐採された木材を利用した製品中の炭素量を国家の炭素貯蔵量に算入することが許されているが、これを排出量と吸収量の推定値に組み込むことはできない。その後、気候変動に関する政府間パネルが開発した暫定アプローチが用いられている。基本的にこの暫定アプローチによれば、いったん樹木が伐採されれば、その後どのように使われようとその木に貯蔵されていた炭素は総てその時点で排出されたものと見なされる。このような暫定アプローチが用いられる理由は、計算の複雑さと京都議定書の勘定枠組みをめぐる政治的な配慮からといえよう。
木材製品は第一約束期間( 2008~2012年)においては考慮されないが、次期以降(2013年~)の約束期間においてどのように組み込むことができるかについては、多くの関係機関が活発に議論を深めている。国連気候変動枠組み条約事務局やいくつかの森林研究機関では、これまでに何度も同条約と京都議定書に準拠した形での伐採木からの木材製品の推定、報告、勘定に関する方法論開発のためのワークショップを開催してきた (3)。
吸収源としての伐採後木材の勘定方法と各国の利害
木材製品の勘定システムにおける一つの大きな政治的問題は、それらの製品が国境を越える場合の取り扱いである。もしもある国が木材製品を保有することで理論的にカーボンストックを得ることができるとすれば、このカーボンストックを輸出した場合に何が起こるであろうか。カーボンストックの移動で、誰が得をして誰が損をするのか。輸出国か、それとも輸入国か。主要な木材輸出国は、木材製品の炭素勘定の権利は最終的な行き先に関係なく生産国にあるとし、森林伐採やそれ以外の理由による炭素排出に伴うカーボンストックの損失を補填できるものと考えることであろう。
これに対し木材製品の純輸入国は、輸入量を報告することで自国内のカーボンストックが増加したことを提示し、国家の炭素蓄積への吸収量として勘定することで、森林伐採による炭素排出を相殺できると考えるであろう(4) 。
木材製品の炭素勘定に関する過去のワークショップでは、国境を越える木材製品に対する勘定には以下の4種類の方法論が開発された。
1.生産法
2.蓄積変化法
3.大気フロー法
4.単純腐朽法
簡単にいえば、最初の二つの方法は、国から国へと木材製品が移動した時に、カーボンストックの「所有権」が誰にあるのかを決定する仕組みである。生産法は、カーボンストックがどこへ行こうと輸出国に「所有権」が残るとする考え方である。つまり、木材製品に含まれるカーボンストックがどこにあろうと、そのクレジットは生産した国にあるということである。この方法の欠点は、いったん生産国を離れた木材生産がその後どうなっているのかをモニターすることはほとんど不可能だという点にある。
蓄積変化法では、カーボンストックの「所有権」を輸入国に対して認める。それゆえ、木造建築を好む国はこの方法では得をするだろう。さらに、この方法では木材に新たな価値を付与する可能性を持つ。北欧諸国では、この方法の有効性を認め、炭素というプレミア付きの「付加価値の高い」木材製品を作ることで、カーボンストックの損失を相殺しようと目論んでいる。
大気フロー法では、大気中への炭素の放出と吸収の純量に着目し、それが生起した国の勘定に組み込む。言い換えれば、伐採木材製品を輸入した国は、その製品が酸化することによって放出する炭素を勘定に入れる必要に迫られる。これに対して単純腐朽法では、酸化による炭素放出を輸出国が引き受けることになる。
京都議定書のもとでの国際的な排出権取り引きでは、カーボンストックの1トン1トンがお金に換えられる。使用する勘定方法によって、いくつかの国では排出量プロフィールが劇的に変化する。例えば、オランダでのある研究によれば、林業の炭素バランスは勘定方法によって吸収源にもなれば排出源にもなることが明らかにされた。森林セクターが重要な役割を果たしているスウェーデンの場合、代替的な木材生産方法をとることによって国家全体のカーボンバランスに対して 34%もの影響が及ぶのである (5)。
木材製品の評価と輸送過程の距離・ウッドマイルズ
しかし、これが議論の総てではない。上記の各方法論では、木材製品の酸化に伴う炭素放出しか考慮されない。製造工程での排出や、輸送における排出については、一切考慮されないのである。小島嶼国連合(AOSIS)は、気候変動枠組み条約への提言として、また様々なワークショップの機会を捉えて、木材製品の製造および輸送過程における温室効果ガスの排出について、これまで出されたどの方法論においても考慮されていないことに懸念を表明している(6) 。
木材製品の輸送にかかる排出量の計算値を考慮するという考えは、「ウッドマイルズ」の基本概念である。輸送距離が長いほど、多くの温室効果ガスを排出すると見なすわけである。
木材製品(もしくはその他の製品)の国際的な輸送における排出量を組み込むことは、議論をさらに複雑にすることになるため、誰にとっても気が進まない。実際、一般に国際輸送問題にからむ排出量を勘定に組み込むことは、ほとんど不可能なほど困難であると見なされてきた。それゆえ、京都議定書の勘定方法からも除外されてきた。ヨーロッパ連合、ノルウェー、 AOSISの諸国が国際輸送に関するこの問題を十分な情報に基づいて議論しようとしてきたが、そのたびにサウジアラビアがスポークスマンを務める77ヶ国グループと中国によってあらゆる合意が阻止されてきた。アメリカもまた、この議論を進めることに対しては全く好意的ではなかった (7)。
昨年モントリオールで開かれた第 11回気候変動枠組み条約締約国会合(COP11)で筆者は、次期の約束期間における勘定方法において考慮すべきものとして「ウッドマイルズ」の概念について言及した。ニュージーランドの代表はこの考えに反発した。しかし、同国が主要な木材輸出国の一つであり、しかも(オーストラリアを除く)主要な市場から随分遠くに位置するということを勘案すれば、この反応は驚くに値しない。
木材や木材製品に対して、輸送時に発生する排出量に応じた格付けをするというアイデアは興味深い。製品に対して輸送距離と排出量を関連づけるというのはこれが初めてではない。「フードマイルズ」は同様の方法論であり、また生物由来燃料の輸送距離も検討の対象となっている (8)。
「ウッドマイルズ」が京都議定書において採用されるかどうかはわからない。それには、いくつかの解決されるべき問題点がある。例えば:
1.国際貿易の中で、どれか一つの製品を選び、その他を選ばないというのは適切なのだろうか?
他の主だった建設資材は総て除外されているのに、木材製品だけが輸送時の温室効果ガス排出格付けやウッドマイルズの適用を受けるというのは考えにくい。例えば、鉄はしばしば家屋やビルの建設に際して木材と同様の用途に使われる。しかし、いくつもの理由で木材の方が鉄よりも温暖化ガスの排出量はかなり低い。それにもかかわらず、木材だけが選び出されるとすれば、実に不運なことである。
2.木材由来の他の製品はどうなのか?
ある種の木材製品だけが温室効果ガス排出の格付けを受け、その他のものが受けないというのも不幸なことである。日本やその他の国で消費されるパルプや木材チップは、世界中の多くの場所から集められている。では、紙もまた「ペーパーマイルズ」の適用を受けるべきなのだろうか?
3.もし、ある国が樹木の生育をしていない場合、最寄りの国からの製品は遠くの国からのものよりも温暖化に対して良いといえるのだろうか?
この問題の答えは、木材製品の供給源における森林管理と調達の方法によるだろう。持続可能な方法で生産される木材製品もあれば、かなり大量の温暖化ガス排出を伴うような破壊的な方法のものもある (9)。
これらの問題は、国際法制度上で解決するには困難すぎて手に負えない多くの障壁を抱えている。「ウッドマイルズ」の概念は京都議定書に組み込まれない方が良いのかもしれない。おそらく、消費者が最良の判断者であろう。他の森林認証制度(10) と同様に、認証制度や指標の創設者は、法的拘束力のある条約の中に奉るのではなく、どれが環境と社会に受け入れられ易いかを市場に委ねる。「ウッドマイルズ」にとっても、政治的な妥協の産物としてせいぜいでも二流のアイデアに成り下がってしまう法的な合意形成の道を選ぶよりも、市場に委ねる道を選ぶ方が良いのかもしれない。
さらに、「ウッドマイルズ」を京都議定書に組み込むことは、世界貿易機構(WTO)における紛糾の種を作ることにもなりかねない。WTOにおいて非関税障壁の嫌疑がかかれば、二度と日の目を見ないという可能性もあろう。政府ではなく自主的な行動であれば、WTOの歯牙にかかることもあるまい。
人々は、他の材料ではなく木造の家を造ることを奨励されるべきである。それは、木材が(温室効果ガスの吸収作用を持つ)光合成の産物であるからだ。しかし、ここで見落としてはならないのは、総ての木材が同じではないということだ。あるものは、遠くから移動してきたことによって、温室効果ガスの排出を内在化してしまっている。またあるものは、破壊的な施業やエネルギー大量消費型の施業(ヘリコプター集材など)によって、多くの排出を伴っている。温室効果ガスの排出を抑制するための総ての努力は奨励されるべきであり、それゆえ「ウッドマイルズ」の概念も議論を深める価値は大いにある。消費者である一般大衆に正しい選択をするだけの知恵があることを期待しようではないか。 イアン・フライ(ツバル国環境省 国際環境アドバイザー )
(1) この単純化された等式は、時間ファクターを含んでいない。しかし、時間ファクターは、現時点で2012年までという約束期間を設けている京都議定書においては極めて重要である。
(2) Chris Borough and Hamish Crawford, “The Development of a National Wood Products Model”, 2001, Proceedings of the Workshop: Carbon Accounting and Emissions Trading related to Bioenergy, Wood Products and Carbon Sequestration , 26-30 March, IEA Bioenergy, Canberra を参照のこと。
(3)例えば、 UNFCCC, Report on the workshop on harvested wood products: Note by the secretariat , 25 Oct 2004, FCCC/SBSTA/2004/INF.11, URL: http://unfccc.int/resource/docs/2004/sbsta/inf11.pdf , and: UNFCCC, Estimation, Reporting and Accounting of Harvested Wood Products: Technical Paper, 27 October 2003 , FCCC/TP/2003/7, URL: http://unfccc.int/resource/docs/tp/tp0307.pdf . を参照のこと。
(4) カーボンストックの増加は「吸収」と見なされることを思い出していただきたい。
(5)G. J. Nabuurs and R. Sikkema, “ International Trade in Wood Products: Its Role in the Land Use Change and Forestry Carbon Cycle”, 2001, Climatic Change , 49 (4): 377-395, June. を参照のこと。
(6) 例えば “Methodological Issues: Good Practice Guidance and Other Information on Land Use, Land-Use Change and Forestry: Implication of Harvested Wood Accounting: Submissions from Parties”, FCCC/SBSTA/2003/MISC.1 を参照のこと。
(7)筆者の個人的な知見による。
(8) Andrew Boswell, “Biofuel Footprint” in Letters, New Scientist , 3 Dec. 2005 を参照のこと。
(9)筆者はこの問題について、SBSTAの行動計画の一つ「途上国における森林破壊からの排出の抑制」に関連する最近の議論において注意の喚起を行った。
(10)例えば、森林管理協議会(FSC)が開発した森林認証制度など。
- 作品名
- セミナーシドニー
- 登録日時
- 2006/07/14(金) 12:00
- 分類
- 2006年度